.memo (kikugawa816 blog)

自分用の(WEB につなげれば見れる)と便利なメモして使う

読書メモ「超一流になるのは才能か努力か?」

こちらの本を読んだ。めちゃくちゃ面白かった。

自身がこれまで読んだ本のなかで「あなたのバイブルは?」と問われた時に出てくる書籍は

があるのだが、その中に加わる程度に面白かった書籍だ。 長年、将棋を続けてきたり、ITの世界において実力的にネガティブを感じることが多いが「こんなもんじゃない!」と思う自身の性格からか、 すごく共感でき、納得したところはあるかも。


バイオリニストや、チェスプレイヤーにおいて、トップに到達する人には才能もなくはないのだが、 それ以上に

  • 「圧倒的に努力をしている」
  • 「努力自体は楽しんでいない」
  • 「努力のパフォーマンスを発揮できる場 (コンサートや、試合)は楽しい」
  • 心的イメージというものが優れている」

というのが本書を読んでいて、共感というか、納得したところである。


スポーツ等どうしてもハードの制約的に厳しい道については、幼児期などからのトレーニングや、 遺伝的要素も絡むこともあるが、ことソフト面 (例えば数学であったり、プログラミングの実力) においては IQなどによってビギナーの段階では飲み込みの早い、遅いはあるものの、 努力の積み重ねによってその差はどんどん無視できる程度に収まるとのことである。


なので「努力はめっちゃ大事!」ということだが、単に「10,000時間の法則」に則って闇雲に努力していても実力は伸ばせない。

努力というものは「目的を持った練習」「限界的練習」を通して「心的イメージ を磨き上げる練習」というものでないと、 最終的には成果として結びつくのが厳しいとのことであり、むしろ単に経験が長くなる、闇雲に努力を続けていると実力は衰えていく可能性もあるとのこと。


将棋を例に例えると、「目的を持った練習」とは「(終盤力を伸ばしたいので) 詰将棋を解く」 「(序盤の知識が浅いので) 定跡書を読む」など。

さらに「限界的練習」というものは、「コンフォートゾーン(心地よい領域、慣れた領域など) の外に出る練習」というもので、 例えば自分自身(将棋ウォーズ四段の、底辺) の場合なら

  • 「(今までは7手詰めハンドブックレベルでとどめていたが) 2桁以上の詰将棋に取り組む」
  • 「単純でない、手数が二桁を超える詰将棋だと読みがぐるぐるしがちなので、それを抑える意識をする」
  • 「(振り飛車など、どちらかと言えば序盤の1ミスが命取りにならない将棋に慣れていたので) 角換わりや、横歩取りなどしっかり定跡を抑えていないといけない世界に踏み込む」
  • 「そもそもどんな定跡でもしっかり抑えていないので、定跡書や棋譜の同手順までのリストアップを行う」
  • 棋譜並べをやる」
  • 「ソフトと対局する」

など。

どの練習についても、今のレベルに到達するまでにはやってなかったし、それ故に停滞している感もある。 やらない理由としては「キツそう」「難しそう」「時間が確保できなさそう」というのが毎回出てくる言い訳。 更にこういったものは「好きこそ物の上手なれ」という言葉があるように 「優秀な人達や、天才というのはこういった努力を楽しみながらやっているんだろうな」 という考えがいつもチラつき、余計にネガティブを覚えてしまう。

この書籍を読んだところ、天才と言われたり、トップと呼ばれる人達は、確かにこういった努力は行っているのだが、 「別に楽しいと感じているわけではない」「実際にキツいと感じている」ということを読んでて理解できたし、腑に落ちた。

  • 「限界的練習=コンフォートゾーンの外に出る」
  • 「キツさ=コンフォートゾーンの外なので」

と考えると、これを継続するにはやはり試合等の場で結果を出せること、出したこともあったり、 自分自身の持つ「心的イメージ」が成長を感じた時に、


心的イメージ というものだが、将棋で例えると最初は「大局観のようなもの?」と思っていたが、どうやらそれだけじゃないっぽい。

いや、書籍を読む限りは心的イメージを活用することで

  • 複数の局面や棋譜を暗記できる
  • パッと見て急所に目がいく
  • 自由度が広い局面においても、何らかの方針や候補手を導き出せる

といった大局観の役割のことが述べられていたが、それだけでなく

  • 「(強くなるために) 将棋とどうやって向き合っていこうか」
  • 「(こういう大局観を持ちたいために) どんな練習を行ったら良いか」

といった、棋理を追求する姿勢的なものも含めて心的イメージ だと個人的には感じたところである。


とまあ、ここまで色々書き殴っていて毎度のことながら文章に自信が無い (^^; とにかく面白かったし、共感できたし、何かをつかめるきっかけにはなった。

書籍では指導者の重要性を説いていたが、幸い自分がやりたいことはITエンジニアとして実力を伸ばしたいことである。 「技術的なアドバイスが出来る、優れたCTOやリードエンジニアが社内に居たらなー」とか思うことはあるが、 Web を通していくらでも情報は広がっているし、そこについてはほぼ間違いなくたどり着けるだけのセンスは持ち合わせている。 (「いかがでしたか?」系のブログに引っかからず、そもそも公式ドキュメントのページにアクセスするというもの)

問題はその後で、自分自信の場合は「投げ出す」か「やるか」で後者を選び、実行することだ。

自分自身、公式ドキュメントが英語で、翻訳するたびに「英語が読めない...」という罪悪感も毎回起こるし、 すぐに読んでも理解できなかったりするし、コードを書くにおいても「やれDDDだ」「変数名だ」とか色々迷ってちっとも完成しない。 TCP/IP などのプロトコルについても、一度勉強はしたがしっかり理解できている気もしないし、RFC などもやはり英語なので読めていない。 アルゴリズムとデータ構造なども、日々の業務で書くコード上では意識しないこともザラだ。 OSSなど、他人が書くコードを理解しようと読むこともできていない (git clone はするけど、それで数箇所みて終わり、的な)。

  • 「えっ、全然 怠惰 じゃダメじゃん」
  • 「勤勉であり、ひたすら勉強するしかないじゃん」
  • 「自分、ITの世界は好きだけど、習得するプロセス、全く楽しくないんだけど」
  • 「優秀なエンジニアはそれらを楽しんでいる話、もうネットでさんざん見たんですけどー」

とか思うけど、それは既に優秀なエンジニアでも同様に思っているかもしれない。 なので自分の納得いくイメージまで、とにかく手を動かす。これをやっていけたらなと、この本を読んでいて思ったところだ。


最後に、自分自身は色々考えすぎたり、トレードオフがどうも苦手である。 色々考えて「あれも必要だし、これも捨てきれない」となりがちで、 結局やれば良いのだが、迷っている中でどうしても中途半端となるのが大体である。

なので、シンプルに以下を意識し、行動していこうと思った。 「集中力」と「大変、難しいと感じる物事は、たとえ天才でも大変だし、難しい」「(なので) やめずに努力を続けること」 この3つ。意識していきたい。